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荷風先生と情人の写真
佐藤春夫
孤高の生涯に有終の美  荷風先生の晩年の生活を、一種偏執狂的なものと見るか、それとも哲人の姿と見るかは人それぞれの眼によるが、そのさびしいような華やかな生涯が、逝く春の一夜人知れぬうちに忽然と終って、警察の眼には一個の変死体扱いされたのは世間並の眼には悲惨なものと見えるだろうと思うが、我々、偏奇館主人荷風先生の文学精神を知る者にとっては、裏長屋の庶民を愛した先生の信念を徹底させてその孤高の生涯に有終の美をなさせたものとして十字架に上ったキリスト並みに有難いものに思える。そうして悲しいとよりは何やらほっと重荷をおろしたような今までに知らぬ思をするのは我ながら奇異である。思うに、無意識のうちに、こんな時代に生きている先生に対してひとご...
虻のおれい
夢野久作
 チエ子さんは今年六つになる可愛いお嬢さんでした。  ある日裏のお庭で一人でおとなしく遊んでいますと、 「ブルブルブルブル」  と変な歌のような声がきこえました。  何だろうとそこいらを見まわしますと、そこの白壁によせかけてあったサイダーの瓶に一匹の虻が落ち込んで、ブルンブルンと狂いまわりながら、 「ドウゾ助けて下さい。ドウゾ助けて下さい」  と言っています。  チエ子さんはすぐに走って行ってその瓶を取り上げて、口のところからのぞきながら、 「虻さん虻さん、どうしたの」  と言いました。  虻は狂いまわってビンのガラスのアッチコッチへぶつかりながら、 「どうしてか、落ち込みましたところが、出て行かれなくなりました。助けて下さい、助け...
ひとでなし
山本周五郎
一  本所石原町の大川端で、二人の男が話しこんでいた。すぐ向うに渡し場があり、対岸の浅草みよし町とのあいだを、二はいの渡し舟が往き来しており、乗る客やおりる客の絶えまがないため、河岸に二人の男がしゃがんだまま話していても、かくべつ人の注意をひくようすはなかった。――十一月の下旬、暖たかかった一日の昏れがたで、大川の水面はまだ明るく、刃物のような冷たい色に波立っているが、みよし町の河岸に並んだ家並は暗く、ぽつぽつと灯のつき始めるのが見えた。  男の一人は小柄で痩せていた。女に好かれそうな、ほっそりした柔和な顔だちで、なめらかな頬と、赤くて小さな唇が眼立ってみえた。他の一人は背丈が高く、骨太で肉の厚い躯つきや、よく動くするどい眼や、と...
日月様
坂口安吾
 私が精神病院へ入院しているとき、妙な噂が立った。私が麻薬中毒だというのである。警視庁から麻薬係というのが三人きて、私の担当の千谷先生や、係の看護婦がひどい目にあったらしい。二時間にわたってチンプンカンプンの応接に苦しんだということをきいた。さすがに東大病院は、患者に会わせるようなことはしない。会えば誤解は一度に氷解するが、麻薬中毒とは別の意味で患者が怒りだし、それによって、せっかくの治療がオジャンになる怖れがあるからであろう。  科長の内村先生(大投手)担当の千谷先生(大捕手)のお許しで後楽園へ見物を許された。後楽園のない日、千駄木町の豊島与志雄先生を訪ねた。豊島さん曰く、 「君、麻薬中毒なんだろう」 「違います。催眠薬の中毒はあ...
終戦前後
織田作之助
 小は大道易者から大はイエスキリストに到るまで予言者の数はまことに多いが、稀代の予言狂乃至予言魔といえば、そうざらにいるわけではない。まず日本でいえば大本教の出口王仁三郎などは、少数の予言狂、予言魔のうちの一人であろう。  まことにこの出口王仁三郎という人の生涯と、そのおびただしい予言とは、切り離して考えられぬ位である。ところが、いかに稀代の予言狂とはいえ獄中にあっては、予言癖を発揮する自由がなくなってしまって淋しいことであろうと思っていたら、さすがに雀百まで踊忘れずである。王仁三郎旦那は、取調べに当った検事に向って、 「昭和二十年の八月二十日には、世界に大変動が来る。この変動は日本はじまって以来の大事件になる」  と予言して、検事...
やんま
小川未明
 正ちゃんは、やんまを捕りました。そして、やんまの羽についた、もちを取っていると、ぶるっとやんまは、羽を鳴らして、手から逃げてしまいました。 「あっ。」と、いって、その逃げた方を見送ると、よく飛べないとみえて、歩いてゆくおばあさんの背中にとまったのです。  正ちゃんは、胸がどきどきしました。どうしたら、うまく捕らえることができるだろうと思ったからです。  正ちゃんは、気づかれないように、おばあさんの後を追いかけました。いくらおばあさんでも、動いていると、知られぬように、うまく捕らえられるものでありません。正ちゃんは、ため息をつきました。しかし、勇気を出して、おばあさんのうしろへいって、手を伸ばしました。  下を向いて、おばあさんは、...
魔法探し
豊島与志雄
     一  むかし、ペルシャに大変えらい学者がいました。天地の間に何一つ知らないことはないというほど、あらゆる学問をきわめつくした人で、国王や人民達から非常に尊敬されていました。  ところがある日、高い塔の上から濠の中に落ちて死んだ人を見て、彼はこう考えました。 「鳥は空を飛ぶことができるし、魚は水の中を泳ぎ廻ることができる。それなのに人間だけは、空を飛ぶこともできず水にもぐることもできない。なぜだろう。もしそういうことができたなら、人間は塔から落ちても死なないですむし、水の中に落ちても溺れずにすむのだが……」  そしていろいろ考えたすえ、彼はふと魔法使いの話を思い出しました。子供の時お祖母様から聞いた話で、自由自在に空を飛ん...
新秩序の創造
大杉栄
一  本月もまた特に評論して見たいと思うほどの評論が見つからない。ただ一つ『先駆』五月号所載「四月三日の夜」(友成与三吉)というのがちょっと気になった。  それは、四月三日の夜、神田の青年会館に文化学会主催の言論圧迫問責演説会というのがあって、そこへ僕らが例の弥次りに行った事を書いた記事だ。友成与三吉君というのは、どんな人か知らないが、よほど眼や耳のいい人らしい。僕がしもしない、またいいもしない事を見たり聞いたりしている。たとえば、その記事によると、賀川豊彦君の演説中に、僕がたびたび演壇に飛びあがって何かいっている。  しかし、そんな事はまあどうでもいいとして、ただ一つ見遁す事の出来ない事がある。それは、賀川君と僕との控室での対話...
深川の老漁夫
岡本綺堂
 T君は語る。  この頃は年をとって、すっかり不精になってしまったが、若いときには釣道楽の一人で、春は寒いのに寒釣りにゆく。夏は梅雨に濡れながら鯉釣りや蝦釣りにゆく。秋はうなぎや鱸の夜釣りにゆく。冬も寒いのに沙魚の沖釣りにゆく。今から思えば、ばかばかしいほどに浮き身をやつしたものであったが、これもやはり降りつづく梅雨にぬれながら木場へ手長蝦を釣りに行ったときに、土地の人から聞かされた話の一つで、江戸末期から明治の初年にかけての世界であると思ってもらいたい。  深川の猿江に近いところに重兵衛という男が住んでいて、彼は河童といい、狐という、二つの綽名を所有していた。その本業は漁師であるが、少しく風変わりの男で、若いときに一度は女房を持...
鍵
谷崎潤一郎
 一月一日。………僕ハ今年カラ、今日マデ日記ニ記スコトヲ躊躇シテイタヨウナ事柄ヲモアエテ書キ留メルヿニシタ。僕ハ自分ノ性生活ニ関スルヿ、自分ト妻トノ関係ニツイテハ、アマリ詳細ナヿハ書カナイヨウニシテ来タ。ソレハ妻ガコノ日記帳ヲ秘カニ読ンデ腹ヲ立テハシナイカトイウヿヲ恐レテイタカラデアッタガ、今年カラハソレヲ恐レヌヿニシタ。妻ハコノ日記帳ガ書斎ノドコノ抽出ニハイッテイルカヲ知ッテイルニ違イナイ。古風ナ京都ノ舊家ニ生レ封建的ナ空気ノ中ニ育ッタ彼女ハ、今日モナオ時代オクレナ舊道徳ヲ重ンズル一面ガアリ、或ル場合ニハソレヲ誇リトスル傾向モアルノデ、マサカ夫ノ日記帳ヲ盗ミ読ムヨウナヿハシソウモナイケレドモ、シカシ必ズシモソウトハ限ラナイ理由モア...
狐と狸
田中貢太郎
 燕の恵王の墓の上に、一疋の狐と一疋の狸が棲んでいた。二疋とも千余年を経た妖獣であったが、晋の司空張華の博学多才であることを知って、それをへこますつもりで、少年書生に化けて、馬に乗って出て往こうとすると、華表神が呼び止めて、 「君達はどこへ往くのか」  と聞いた。華表神とは墓の前にある鳥居の神である。狸は華表神の問いに答えて、 「司空の張華と、議論しに往くところだ」  と言った。すると華表木の精が、 「張司空は才人であるから、二人が命を失うばかしでなく、その禍が俺たちにもかかってくる、どうかやめてくれ」  と言ったが、狸と狐は聞かずに出かけて往った。  そして二疋で、張華の処へ往って、張華に逢って議論をはじめたが、その議論にはさすが...
怪星ガン
海野十三
   臨時放送だ! 「テレ・ラジオの臨時ニュース放送ですよ、おじさん」  矢木三根夫は、伯父の書斎の扉をたたいて、伯父の注意をうながした。  いましがた三根夫少年は、ひとりで事務室にいた。そしてニュースの切りぬきを整理していたのだ。すると、とつぜんあの急調子の予告音楽を耳にしたのだ。 (あッ、臨時放送がはじまる。何ごとだろうか)と、三根夫は椅子からとびあがって、テレ・ラジオのほうを見た。その予告音楽は、そこから流れでていたし、またその上の映写幕には目にうったえて臨時放送のやがてはじまるのを、赤と藍とのだんだら渦巻でもって知らせていた。  テレ・ラジオというのは、ラジオ受信機とテレビジョン受影機がいっしょになっている器械のことだ。...
花咲かぬリラ
山本周五郎
一  軍服を着た肩のたくましい背丈の眼だって高い青年が、大股のひどく特徴のある歩きつきで麻布片町坂を下りて来た。片手に鞄を持ち、右の肩に大きくふくらんだ雑嚢をひっ掛けている、鞄にも雑嚢にも筆太の無遠慮な字で麻川来太と書きなぐってあるが、その特徴のある歩きぶりと体つきとが似合っているように、そのなぐりつけたような名の文字と風貌ともよく似ているので、注意して見る者にはちょっと失笑したくなるような印象を与える。……坂の途中で彼は左へ折れた、そこは閑静な中流の住宅街で、たいてい同じような門と塀をとりまわし、樹の多い庭や、古びたつつましやかな、しかし住み心地の良さそうな家構えなど、みなどこかに共通点のあるのが、その街筋ぜんたいにおちつきと静...
婦人と文学の話
宮本百合子
 われわれの『文学新聞』が、今度「婦人欄」を特別に設け、そこへ面白いためになる婦人と文学とに関する種々な記事を精力的にのせることになったのは、実にうれしい。プロレタリア文学に、女のプロレタリア文学、男のプロレタリア文学というような区別があるはずがない。プロレタリア・農民としての女、男の全生活が階級としての芸術的表現をとおして、プロレタリア文学のなかにこめられているのだ。  けれども、現実の問題として見るとき、日本におけるプロレタリア・農民の婦人のこまごまとした本気な日常闘争の経験は、果して十分日本のプロレタリア文学の中に描きつくされているだろうか?  工場閉鎖、賃銀不払、労働強化、三百万の失業と農業恐慌――資本家地主は遂に満蒙で帝国...
金歯
小川未明
一 「絵を描きたくたって、絵の具がないんだからな。」  あまり欠乏しているのが、なんだか自分ながら、滑稽に感じたので、令二は笑いました。 「いくらあったら、その絵の具が買えます。」 「さあ、ホワイトはなかった、それにグリーンもないと、まあ三円はいりますね。」 「もし、それくらいでいいのなら、私が、どうかして、こしらえてあげますよ。」  母親は、年のせいか、日の光が恋しいので、縁側の方に、小さな背中を向けて、答えました。 「なに、いますぐ描かなくたっていいんです。」  令二は、気の弱い母をいじめて、すまなかったと、淋しい気がしました。  そばで、一心にセーターを編んでいた、姉のさき子は、 「そんなこと口に出さなければ、いいじゃないか...
三十年前の島田沼南
内田魯庵
一  島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。  沼南には最近十四、五年間会った事がない。それ以前とて会えば寒暄を叙する位の面識で、私邸を訪問したのも二、三度しかなかった。シカモその二、三度も、待たされるのがイツモ三十分以上で、漸く対座して十分かソコラで用談を済ますと直ぐ定って、「ドウゾ復たお閑の時御ユックリとお遊びにいらしって下さい」と後日の再訪を求めて打切られるから、勢い即時に暇乞いせざるを得なくなった。随って会えば万更路人のように扱われもしなかったが、親しく口を利いた正味の時間...
市井喧争
太厰沝
 九月のはじめ、甲府からこの三鷹へ引越し、四日目の昼ごろ、百姓風俗の変な女が来て、この近所の百姓ですと嘘をついて、むりやり薔薇を七本、押売りして、私は、贋物だということは、わかっていたが、私自身の卑屈な弱さから、断り切れず四円まきあげられ、あとでたいへん不愉快な思いをしたのであるが、それから、ひとつき経って十月のはじめ、私は、そのときの贋百姓の有様を小説に書いて、文章に手を入れていたら、ひょっこり庭へ、ごめん下さいまし、私は、このさきの温室から来ましたが、何か草花の球根でも、と言い、四十くらいの男が、おどおど縁先で笑っている。こないだの贋百姓とは、ちがう人であるが同じたぐいのものであろうと思い、だめですよ、このあいだも薔薇を八本植え...
みごとな女
森本薫
  人 あさ子 真紀 収 弘 豪奢と言うのではない、足りととのった家庭。人形をかざったピアノが一つ、坐り机が一つ、縁先に籐椅子が二つ、卓。みるところ若い女の部屋らしい。 六月。 誰もいない。 あさ子。二十四。和服。身体つきは大柄で少し肥っているが美しい。時々片手を上げて指先で両の眉を内から外へ撫でつける癖がある。話をさせても他人の調子には頓着なく、緩り句切って云うようなところがある。外出から帰ったところ。すこしの間部屋の真中に立って周囲を見まわし、思い出したようにピアノの前にいく。 ちょっとためらった後、ショパンの作品九番の第二の夜曲をさぐりさぐり弾き出す。甚だしく拙い。少し弾いて直ぐ行詰まって了う。立ち上って、楽譜をさがす。...
曲者
原民喜
☆その男が私の前に坐って何か話しているのだが、私は妙に脇腹のあたりが生温かくなって、だんだん視野が呆けてゆくのを覚える。例によって例の如く、これは相手の術策が働いているのだなと思う。私は内心非常に恥しく、まる裸にされて竦んでいる哀れな女を頭に描いていた。そのまる裸の女を前にして、彼は小気味よそうに笑っているのである。急に私は憎悪がたぎり、石のように頑なものが身裡に隠されているのを知る。しかし、眼の前にいる相手は、相変らず何か喋りつづけている。見ると彼の眼もかすかに涙がうるんでいる。ところで、漸くこの時になって私は相手が何を話していたかを了解した。ながながと彼が喋りつづけているのは自慢話であった。 ☆わはっと笑って、その男が面白げに振...
青バスの女
辰野九紫
 新聞雑誌製作者は常に言う。――無責任な読者の投書が多くて困ると。そして必ず附言する――英人は片言隻句にも、本名を記すことを忘れないと。ジョンブル気質礼讃である。然り、匿名での一言居士は、卑怯でもあり、罵詈雑言は慎しまなくてはならぬ。況んや、名誉に関する言議に、覆面の偽人は戒心を要する。さり乍ら、英人と雖も、ハイド公園の散策に、 「モシモシ、あなた、手巾が落ちましたよ。……私はジョージ・バーナード・ショウで御座います」と、名乗りを上げるであろうか。  これが又、舞台をお江戸、湯島天神の境内に廻して、 「ええ、旦那扇子が落ちましたよ」 「ハイ、御親切に有難う御座います。シテ、あなた様のご尊名は……」 「ウム……言われて名乗るも烏滸がま...
高浜虚子著『鶏頭』序
夏目漱石
 小説の種類は分け方で色々になる。去ればこそ今日迄西洋人の作った作物を西洋人が評する場合に、便宜に応じて沢山な名をつけている。傾向小説、理想小説、浪漫派小説、写実派小説、自然派小説抔と云うのは、皆在来の述作を材料として、其著るしき特色を認めるに従って之を分類した迄である。種類は是丈で尽きたとは云えぬ。一たび見地を変れば新らしい名を発見するのは左迄困難でない。況んや向後の作物が旧来の傾向を繰返して満足せぬ限り、時と、場合と、作家の性癖と、発展の希望とによって生面を開きつつ推移する限り、何派、何主義と云う思いも寄らぬ名が続々出て来るのが当然である。  虚子の作物を一括して、是は何派に属するものだと在来ありふれた範囲内に押し込めるのは余の...
黄金虫
ポーエドガー・アラン
おや、おや! こいつ気が狂ったみたいに踊っている。タラント蜘蛛に咬まれたんだな。 『みんな間違い(1)』  もうよほど以前のこと、私はウィリアム・ルグラン君という人と親しくしていた。彼は古いユグノー(2)の一家の子孫で、かつては富裕であったが、うちつづく不運のためすっかり貧窮に陥っていた。その災難に伴う屈辱を避けるために、彼は先祖の代から住み慣れたニュー・オーリアンズ(3)の町を去って、南カロライナ州のチャールストンに近いサリヴァン島に住むことになった。  この島は非常に妙な島だ。ほとんど海の砂ばかりでできていて、長さは三マイルほどある。幅はどこでも四分の一マイルを超えない。水鶏が好んで集まる、粘土に蘆が一面に生い繁...
八犬伝談余
内田魯庵
       一 『八犬伝』と私  昔は今ほど忙しくなくて、誰でも多少の閑があったものと見える。いわゆる大衆物はやはり相応に流行して読まれたが、生活が約しかったのと多少の閑があったのとで、買うよりは貸本屋から借りては面白いものは丸写しか抜写しをしたものだ。殊に老人のある家では写本が隠居仕事の一つであったので、今はモウ大抵潰されてしまったろうが私の青年時代には少し旧い家には大抵お祖父さんか曾祖父さんとかの写本があった。これがまた定って当時の留書とかお触とか、でなければ大衆物即ち何とか実録や著名の戯作の抜写しであった。無論ドコの貸本屋にも有る珍らしくないものであったが、ただ本の価を倹約するばかりでなく、一つはそれが趣味であったのだ。私...
「紋」
黒島伝治
 古い木綿布で眼隠しをした猫を手籠から出すとばあさんは、 「紋よ、われゃ、どこぞで飯を貰うて食うて行け」と子供に云いきかせるように云った。  猫は、後へじり〳〵這いながら悲しそうにないた。 「性悪るせずに、人さんの余った物でも貰うて食えエ……ここらにゃ魚も有るわいや。」  猫は頻りにないて、道と田との間の溝に後足を踏み込みそうになった。溝の水は澱んで腐り、泥の中からは棒振りが尾を出していた。 「そら、落ち込むがな。」ばあさんは猫を抱き上げた。汚れた白い毛の所々に黒い紋がついていた。ばあさんは肥った無細工な手でなでてやった。まだ幼い小猫時代には、毛は雪のように純白で、黒毛の紋は美しかった。で、「紋」という名をつけたのだった。しかし大き...
人錏ぎきひ匝
ダンセイニロード
 彼の二百五十歳の朝、人馬シエッペラアクは人馬の族の宝物の在る黄金の櫃に行って、その櫃に納められた護身符を取り出した。その護身符は彼の父ジシッヤクが盛りの年に山から採った黄金を打って作りその上に矮神と交換して得たオパルをちりばめたものであった。シエッペラアクはそれを腕に着け、一言も物いわず、母の住む洞窟を歩み出た。その時彼は人馬の族の喇叭をも持ち出した、かの有名なる銀の角笛で、むかしある時代にはその角笛が人間の住む十七の都市に降参をうながしたこともあった、また神々の都ソルデンブラナの包囲の時、星をめぐらしたその城壁に二十年間も吼えたものであった。その間人馬族はかの不思議の戦争を続けて如何なる敵の兵力にも破れなかったが、神たちが必死の...
空中に消えた兵曹
田中貢太郎
 大正七八年比のことであった。横須賀航空隊のN大尉とS中尉は、それぞれ陸上偵察機を操縦してA飛行場に向けて長距離飛行を行い、目的地に到著して機翼をやすめるひまもなく、直ちに帰還の途についた。  両機は一千米の高度を保ちながら雁行していたが、箱根の上空にさしかかったところで、密雲のために視界を遮られたうえに、エアーポケットに入って機体が烈しい勢いで落下した。そして、二百米ばかりも落下して、やっと危険を脱したので、N大尉はやや安心して僚機の方を見たが、僚機の姿は見えなかった。  N大尉は己でも危険に遭遇しているので、もしや彼の時にどうかしたのではないかと思ってS中尉の身の上を心配しいしい帰って来た。それで著陸するなり、機体の手入れも忘れ...
牡丹灯籠 牡丹灯記
田中貢太郎
 日本の幽霊は普通とろとろと燃える焼酎火の上にふうわりと浮いていて、腰から下が無いことになっているが、有名な円朝の牡丹燈籠では、それがからこんからこんと駒下駄の音をさして生垣の外を通るので、ちょっと異様な感じを与えるとともに、そのからこんからこんの下駄の音は、牡丹燈籠を読んだ者の神経に何時までも遺っていて消えない。  この牡丹燈籠は、「剪燈新話」の中の牡丹燈記から脱化したものである。剪燈新話は明の瞿佑と云う学者の手になったもので、それぞれ特色のある二十一篇の怪奇談を集めてあるが、この説話集は文明年間に日本に舶来して、日本近古の怪談小説に影響し、延いて江戸文学の礎石の一つとなったものである。  牡丹燈記の話は、明州即ち今の寧波に喬生と...
趣味の遺伝
夏目漱石
          一  陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。すると渺々たる平原の尽くる下より、眼にあまる獒狗の群が、腥き風を横に截り縦に裂いて、四つ足の銃丸を一度に打ち出したように飛んで来た。狂える神が小躍りして「血を啜れ」と云うを合図に、ぺらぺらと吐く燄の舌は暗き大地を照らして咽喉を越す血潮の湧き返る音が聞えた。今度は黒雲の端を踏み鳴らして「肉を食え」と神が号ぶと「肉を食え! 肉を食え!」と犬共も一度に咆え立てる。やがてめりめりと腕を食い切る、深い口をあけて耳の根まで胴にか...
おふくろへ
槙本楠郎
おふくろよ おれは おまえまで そう かわっていようとは おもわなかった まえば が 一ぽんしか のこっていなかったというのではない あたま が まっしろになっていたからというのでもない また こし が ひんまがっていたからというのでも むろん ない おふくろよ おれは あのばん おまえが もりあげて だしてくれる むぎめしの しみて ざくろのみのように ポツポツするやつを やぶれしょうじ の なかにはった ねまきのまえで かきこみながら おまえから きいた あの いえをこわされるときのはなし ――ドンドンと かべをたたく きづちのおとが むないた を たたかれるように いたかったこと そのために おまえが びょうきしたこと だが ...
職業婦人に生理休暇を!
宮本百合子
 一般の婦人の勤労生活と毎月の生理的変化との関係が、新らしい注意で見られることは実によいと思う。日本では年々労働にしたがう若い女のひとの数は殖えており、先日それぞれの道の専門家が新聞で語っていたとおり、大衆の経済事情が近頃わるくなって来たにつれ、若い婦人の就業年限がのびて、婚期もおくれて来ているのが、今日の実際である。昔から、婦人の犯罪や自殺と生理的異常との関係は常識の上でも理解されているのであり、そういう統計は出ているけれども、例えば大西博士の「労働医学概論」などで婦人労働者の数など調べられてはいても、それ等の婦人労働者の生理的異常の時期の待遇等は観察からとり落されている。その本に序文を書いておられる有名な倉敷労働科学研究所の暉峻...
罌粟の中
横光利一
 しばらく芝生の堤が眼の高さでつづいた。波のように高低を描いていく平原のその堤の上にいちめん真紅のひな罌粟が連続している。正午にウイーンを立ってから、三時間あまりにもなる初夏のハンガリヤの野は、見わたす限りこのような野生のひな罌粟の紅に染まり、真昼の車窓に映り合うどの顔も、ほの明るく匂いさざめくように見えた。堤のすぐ向うにダニューブ河が流れていて、その低まるたびに、罌粟の波頭の間から碧い水面が断続して顕れる。初めは疎らに点点としていた罌粟も、それが肥え太ったり痩せたりしながら、およそ一時間もつづいたと思うころ、次第に密集して襲い来た、果しない真紅のこの大群団であった。梶はやがて着くブダペストのことを、人人がダニューブの女王といってき...
冬の花火
太厰沝
 人物。 数枝   二十九歳 睦子   数枝の娘、六歳。 伝兵衛  数枝の父、五十四歳。 あさ   伝兵衛の後妻、数枝の継母、四十五歳。 金谷清蔵 村の人、三十四歳。 その他  栄一(伝兵衛とあさの子、未帰還)      島田哲郎(睦子の実父、未帰還)      いずれも登場せず。  所。 津軽地方の或る部落。  時。 昭和二十一年一月末頃より二月にかけて。      第一幕 舞台は、伝兵衛宅の茶の間。多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手は台所、下手は玄関の気持。 幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅のストーヴにあたっている。 二人、黙っている。柱時計が三時を打つ。気まずい雰囲気。 突然、...
この初冬
宮本百合子
        鏡  父かたの祖母は晩年の僅かをのぞいて、生涯の大半は田舎住居で過ごしたひとであった。よく働いた人であった。何番目かの子供を生んで、まだ余り肥だたないうちに昔の米沢のどういう季節の関係だったのか、菜をどっさりゆで上げなければならないことがあった。大釜にクラクラ湯を煮立てて、洗った菜を入れては上げ、またあとからと入れながら、竈の火をいじっているうちに段々顔が火照って来て、かあっと眼のなかで燃え立つ思いがしたと思うとそのまま気を失った。それが始まりで、祖母は火鉢の火でも炉の火でも、からでおこっている火の色を見ていると気分がわるくなる癖があった。しかめた顔をそむけるようにして、何か掛けろっちゃ、と米沢の言葉で云った。足の...
今日の文学の鳥瞰図
宮本百合子
 本年の建国祭を期して文化勲章というものが制定された。これは人も知る如く日本で始めてのことである。早速絵では竹内栖鳳や横山大観がその文化勲章を授与され、科学方面でも本多博士その他が比較的困難なく選ばれた。文学の分野に於ては、まだこの勲章を授与された作家がない。これは、非常に興味ある点であると思う。何故なら、どこの国でも文化のことが言われる場合、科学の方面と文学の面とは常に車の両輪のように考えられて来ているし、知識人の日常生活の文化を内容づけているものの比率から言っても、文学は重大な一半を占めているのであって、実際に即して見れば、今日の少なからぬ人々が、絵の展覧会は観にゆかないけれども、小説は読んでいるという状態でさえあるだろうと思う...
木精
森鴎外
 巌が屏風のように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草の白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。  麻のようなブロンドな頭を振り立って、どうかしたら羅馬法皇の宮廷へでも生捕られて行きそうな高音でハルロオと呼ぶのである。  呼んでしまってじいっとして待っている。  暫くすると、大きい鈍いコントルバスのような声でハルロオと答える。  これが木精である。  フランツはなんにも知らない。ただ暖かい野の朝、雲雀が飛び立って鳴くように、冷たい草叢の夕、蛼が忍びやかに鳴く様に、ここへ来てハルロオと呼ぶのである。しかし木精の答えてくれるのが嬉しい。木精に答えて貰うために呼ぶのではない。呼べば答え...
火事とポチ
有島武郎
 ポチの鳴き声でぼくは目がさめた。  ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとその鳴き声をおこっているまもなく、真赤な火が目に映ったので、おどろいて両方の目をしっかり開いて見たら、戸だなの中じゅうが火になっているので、二度おどろいて飛び起きた。そうしたらぼくのそばに寝ているはずのおばあさまが何か黒い布のようなもので、夢中になって戸だなの火をたたいていた。なんだか知れないけれどもぼくはおばあさまの様子がこっけいにも見え、おそろしくも見えて、思わずその方に駆けよった。そうしたらおばあさまはだまったままでうるさそうにぼくをはらいのけておいてその布のようなものをめったやたらにふり回した。それがぼくの手にさわったらぐしょぐしょにぬれているの...
徐ぎ中で
大石喜幸
嵐は今日も街々をかけずりまわっている 君は一度でもこの嵐の原因について 考えたことがあるんですか それよりも もっと もっと 大きい嵐について もっと現実的な 人と人とのつながりにおいて 人間個々において 人類全体において 水平線的な 風雨の原因について―― 嵐の日の何もできない一日を じっと反省の思惟にふけるがいい 君はきっと 希望の駿馬にまたがり 倫理の手綱をにぎることができるのだ 君はそのつぶらな瞳を輝かせるがいい その瞳は星をあおぎ 詠嘆に曇らせてはいけない 君が今立っている地上 一尺平方周囲から観察すべきである そして 一尺一尺拡大してみるがいい 君はそこで自分一人の 環境の愚痴はこぼせまい 君と同じ生活の 君以下のどぶ...
マクシム・ゴーリキイについて
宮本百合子
 マクシム・ゴーリキイは一八六八年、日本の明治元年に、ヴォルガ河の岸にあるニージュニ・ノヴゴロドに生れました。父親は早く死に、勝気で美しい母はよそへ再婚し、おさないゴーリキイは祖父の家で育ったのですが、この子供時代の生活が、どんなに荒っぽいおそろしいものであったかということは有名な「幼年時代」という作品に生き生きと描かれています。残忍な生れつきの祖父と、財産あらそいばかりしている小父たち。たちのわるい残酷ないたずらをするのが日課であるいとこたち。ゴーリキイの不安な毎日の中で、たった一つのよろこびと慰めとなったのは、おばあさんでした。昔話が此上なく上手で、人間は、辛棒づよく正しく親切をつくし合って生きるべきものであることをいつもゴーリ...
魂を刳る美
北大路魯山人
 陶器だけで美はわからぬ。あらゆるものの美を知って、それを通して陶器の美もわかる。そして本当にわかるということは、本当にそのものに惚れることである。  本当に惚れることが出来るか、これが問題である。下手ものにでも自分が真剣に惚れるなら、そのものの持ち味だけはわかるだろう。多くは他動的である。他人の言葉に引きずりこまれることが多い。甚だしいのは美に見えなくて金に見える。また、半分美に見えて、半分金に見えるというのもある。  各自の眼には程度がある。各自の力の範囲だけしかわからぬ。従って、百人のうち一人の偉大な評価力をもったものがわかると、他の九十九人の人の見る美はムダになる。とかく世間にはでたらめが多い。自分ではそう感じなくてもでたら...
性に関するアイヌの習俗
知里真志保
一 前言  従来、史家の多くは性の問題に関するかぎりことさらに触れようとしなかった。しかしながら、人間生活の土台は性と食との上に打立てられているのであるから、人類史研究の為には、先ずこの根本問題の解明が要請されるのである。  本文はこの意味に於て、健全なる郷土史の研究を志す人々の為の資料として執筆されたものである。  アイヌの物語りや日常会話の中には、性器や性交に関することどもがきわめて露骨にとり扱われているが、その表現は健康であり、いささかの卑猥さも感じられない。健康な民族の性生活は健全である。アイヌもまた、和人の侵略を蒙るまでは、健康な社会生活を営んでいたから、その性生活は健全であったのである。 二 性器をみだりに露出しては...
乱歩氏の諸作
平林初之輔
 江戸川乱歩氏の作を『新青年』所載「悪夢」と「孤島の鬼」と二つ読んだ。 「悪夢」は氏の旧作「白昼夢」などとともにグロテスクをねらった作品である。四肢も耳も口もつぶれて、肉塊のような存在となっている廃中尉とその細君との変態的性生活を描いたものである。江戸川氏の想像力の怪異さはある意味で、世界の文学にも類例のない程のもので、この作品でも、そういう人間を性的享楽の対象に考えだしたいうことは私たちを驚嘆させる。  それにもかかわらず氏の筆には新鮮味が甚だ乏しく、常識的といってもよい程な生温い、説明的な文章である。だからこの作者の作品には詩がありそうでかえって詩がないのである。だからどんな途方もない想像をもってきても、読者を吃驚させるような強...
でたらめ経
宇野浩二
 むかし、あるところに、それはそれは正直なおばあさんが住んでいました。けれども、このおばあさんは子もなければ、孫もないので、ほんとうの一人ぼっちでした。その上、おばあさんの住んでいたところは、さびしい野原の一軒家で、となりの村へ行くのには、高い山の峠を越さねばなりませんでしたし、また別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらねばなりませんでした。  だから、おばあさんは毎日々々ほとけ様の前に坐って、鉦ばかり叩いていました。きっとこのおばあさんにも、以前は子や孫があったのかも知れません。それがみんなおばあさんより先に死んで、ほとけ様になったのかも知れません。だから、さびしいので、そうして毎日ほとけ様ばかり拝んでいたのでしょう。  それに...
おっぱい
小川未明
 赤ちゃんが、おかあさんの おっぱいを すぱすぱと のんで いました。そばで みて いた つね子ちゃんは、 「おいしそうね。」 と いいました。 「おまえも こう して のんだのですよ。」 と、おかあさんが おっしゃいました。つね子ちゃんは きゅうに おちちが こいしく なりました。 「あたしにも のましてよ。」 と、おかおを だすと、赤ちゃんが、 「ううん。」 と いって、おこりました。 「いじを つついては いけません。」 と、おかあさんが おっしゃいました。 「赤ちゃんの いじわる。」 と いって、つね子ちゃんは おもてへ いきました。  おとなりの よしおさんと あそんで いると、かぜが ふいて きて、ごみが お目目に はい...
母子像
久生十蘭
 進駐軍、厚木キャンプの近くにある、聖ジョセフ学院中学部の初年級の担任教諭が、受持の生徒のことで、地区の警察署から呼出しを受けた。  年配の司法主任が、知的な顔をした婦人警官を連れて調室に入ってきた。 「お呼びたてして、恐縮でした」と軽く会釈すると、事務机を挟んで教諭と向きあう椅子に掛けた。尾花が白い穂波をあげて揺れているのが、横手の窓から見えた。 「こちらは少年相談所の補導さん……この警察は開店早々で、少年係がおりません。臨時に応援にきてもらったので、事件を大きくしようというのではありませんから、ご心配のないように」 「司法主任のおっしゃるとおり、私どもは、たいした事件だと思っておりませんの。廃棄した掩体壕のなかに、生憎と進駐軍の...
小説のタネ
吉川英治
鳴門秘帖のころ  いま帰って来たばかりなんですよ。大映の試写室で、「鳴門秘帖」を見たんですがね。考えてみると、あれを書いたのは三十年前なんだな。てれましたね、たいへんに。映画化は今度で七回目なんです。はなはね、ひと頃の競映時代で、東亜キネマとか、松竹日活だとかで、さんざん競映でやったもんですよ。だが僕は、正直いうと、自分の古いもんの映画化は、ほとんど見たことないんです。少々気味がわるくってですね。だがあの頃は一つの新聞小説勃興期でもありましたなあ。三十年前だから、今度の終戦後に興った機運とはまた違うしね。いわば関東大震災を境にしたものさ。文芸でも何でも、復興期には復興機運の波が起るんだね。当時もロマンと興味追求のああしたものが、ち...
髪切虫
夢野久作
 桐の青葉が蝙蝠色に重なり合って、その中の一枚か二枚かが時折り、あるかないかの夕風にヒラリヒラリと踊っている。  うるんだ宵星の二つ三つが、大きく大きくその上にまばたき初めると、遠く近くの魂がヒッソリと静まり返って、世界中が何となく生あたたかい悪魔のタメ息じみて来る。  その桐畠の片隅の一番低い葉蔭に在る、太い枝の岐れ目に、昼間から一匹の髪切虫がシッカリと獅噛み付いていた。その髪切虫が、そうした悪魔気分に示唆られて、ソロソロとその長い触角を動かし初めた。  髪切虫にとっては、触角を動かす事が、つまり、考える事であった。見る事であった。聞く事であった。嗅ぐ事であった。あらゆる感覚を一つに集めた全生命そのものであった。その卵白色とエナメ...
政治趣味の涵養
大隈重信
〔政治ほど面倒なものはない〕  人生百般の事の中、およそ政治ほど面倒なものはない。恐らく人間の仕事のあらゆる仕事の中にて、政治は最も困難なる事業の一つであろうと思う。全体、政治の術……予は学問とは言わぬ、術というが、政治の術はすべて国民の政治的心理の上に、人の心の上に働く術である。術にはいろいろあるが、この術の中で最も困難なる術の一つであると思う。これを平易に説明すると、たまたま何か功を為すことがあると、人の嫉妬心を招く。人間には嫉妬心の多いもので、ことに政治上に現れる嫉妬というものは最も甚だしい。この嫉妬があるために政治の進歩になるのか知れぬが、なかなか嫉妬が多い。手柄をするときっと嫉妬が起る。それから少し蜘蹰していると、あれは意...
えぞおばけ列伝
作者不詳
えぞおばけ列伝 1.へっぴりおばけ  屋内に独りいると突然炉の中でポアと音を発する.するとあちらでもポア,こちらでもポアとさいげんがない.臭くてかなわない.そういう際には,こっちでも負けずにポアと放してやれば,恐れ入って退散する.あいにくと臭いのが間に合わぬときは,ポアと口真似するだけでも退散するというから,このおばけ案外に気はやさしいのかもしれぬ.名は「オッケオヤシ(1)」(屁っぴりおばけ),または「オッケルイペ(2)」(屁っこき野郎)という. 2.へっぴりおやじの話  前記の「屁っぴりおばけ」というのは樺太アイヌの日常生活や説話の中に出てくるおばけである.おばけなどというよりは,おやじと呼びたいくらい邪気のないおばけだ...
からすうりの花と蛾
寺田寅彦
 ことしは庭のからすうりがずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四つ目垣のばらにからみ、それからさらにつるを延ばして手近なさんごの木を侵略し、いつのまにかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側のかえでまでも触手をのばしてわたりをつけた。そうしてそのつるの端は茂ったかえでの大小の枝の間から糸のように長くたれさがって、もう少しでその下の紅蜀葵の頭に届きそうである。この驚くべき征服欲は直径わずかに二三ミリメートルぐらいの細い茎を通じてどこまでもと空中に流れ出すのである。  毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精の握りこぶしとでもいった格好をしている...
求め得られる幸福
宮本百合子
 今日は世界の婦人が平和と生活の安定のために手をつなぎあって働いていますが、私たち日本の婦人こそもっとも積極的に平和のため闘う立場にあります。なぜなら、こんどの戦争でもっともいためつけられたのは日本の婦人であり、それでいながら、今日でもまだ封建的な立場から解放されきっていないのが私たち日本の婦人ですから。ファシズムの下で戦争にかりたてられ不安のどん底におちいった国の婦人たちが、四年経った今日、イタリアなどではおどろくほど多数の婦人がファシズムに反対し、人民の民主主義を建設するための統一戦線に組織されています。日本ではどうでしょう。婦人の生活の辛さにかかわらず、婦人の民主的な統一戦線は、たえまない保守勢力の妨害によって十分発展されてい...
ふみたば
ルヴェルモーリス
 創作家のランジェは、黙って、大きな卓机から一束の手紙を取りだした。その文束は真紅なリボンで結えてあった。 「あなたは、これが要るんですか。どうしても取りかえそうと云うんですか」  彼はおろおろ声でいった。が、マダム・ヴァンクールは何もいわずに肯ずいてみせた。 「こうした要求が男の心にどんな傷手を負わせるかということが、あなたに解りませんか」  ランジェはもう一度哀願してみたが、女は返事もしないで、ただ手をのべるばかりであった。 「僕も悪かったけれど、そんなに虐めなくたっていいじゃありませんか。成るほど僕はちょっと不実なことをした。あなたが憤るのも無理がない。だから僕は散々謝罪ったでしょう。足りなければ何回でもお詫します。しかしあん...
久保田米斎君の思い出
岡本綺堂
 久保田米斎君の事に就て何か話せということですが、本職の画の方の事は私にはわかりませんから、主として芝居の方の事だけ御話するようになりましょう。これは最初に御断りしておきます。  たしかな事はいえませんが、私の知っている限りでは、米斎君がはじめて舞台装置をなすったのは、明治三十七年の四月に歌舞伎座で、森鴎外博士の『日蓮上人辻説法』というものを上演しました。その時分に御父さんの米僊先生がまだ御達者で、衣裳とか、鬘とかいう扮装の考証をなすった。その関係で息子さんの米斎君が、舞台装置をやったり、背景を画いたりなすったのです。今では局外の者が背景を画いたり、舞台装置をやったりすることも珍しくありませんが、その時分は芝居についている道具方がや...
あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)
宮本百合子
 一九三〇年の暮にソヴェト同盟から帰って来て、翌年「ナップ」へ参加するまで、わたしは評論、紹介めいたものを書いたことがなかった。また、人の前に立って、文学についてそのほかの話をしたという経験もない。そして、それを自分の気質と思っていた。  ところが、この枠はまず思いがけない機会からモスクワで打ち破られ、段々わたしは自分の文学活動の範囲に、小説よりほかのものをうけ入れるようになって行った。わたしの場合、それはあきらかに作家としての社会性の拡大であり、また進歩的な文学者の良心的義務の一つであるという自覚であった。  一九三一年、一月号の『ナップ』に「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」をかきはじめてから、わたしの評論的活動がはじまった。  選集...
夜行巡査
泉鏡花
       一 「こう爺さん、おめえどこだ」と職人体の壮佼は、そのかたわらなる車夫の老人に向かいて問い懸けたり。車夫の老人は年紀すでに五十を越えて、六十にも間はあらじと思わる。餓えてや弱々しき声のしかも寒さにおののきつつ、 「どうぞまっぴら御免なすって、向後きっと気を着けまする。へいへい」  と、どぎまぎして慌ておれり。 「爺さん慌てなさんな。こう己ゃ巡査じゃねえぜ。え、おい、かわいそうによっぽど面食らったと見える、全体おめえ、気が小さすぎらあ。なんの縛ろうとは謂やしめえし、あんなにびくびくしねえでものことさ。おらあ片一方で聞いててせえ少癇癪に障って堪えられなかったよ。え、爺さん、聞きゃおめえの扮装が悪いとって咎めたようだっけが...
帆
宮本百合子
        一  藍子のところへ尾世川が来て月謝の前借りをして行った。尾世川は藍子のドイツ語の教師であった。箇人教授をしているのだが、藍子の他に彼に弟子は無く、またあったとしても無くなるのが当然な程、彼はずぼらな男であった。火曜と木曜の稽古の日藍子が彼の二階へ訪ねて行ってもいない時がよくあった。昨日からお帰りにならないんですよ。階下の神さんが藍子に告げる事もある。大抵そういう事の奥に女が関係しているのであった。尾世川のずぼらなところがちょっとした女の気に入るのか、余りに女にちやほやされてずぼらになってしまうのか、兎に角彼に女とのいきさつは絶えることなかった。元の勤め口もその方面の失敗でしくじった事を、藍子は尾世川自身から聞いた...
農民文学の問題
黒島伝治
 農民文学に対する、プロレタリア文学運動の陣営内における関心は、最近、次第にたかまってきている。日本プロレタリア作家同盟では、農民文学に対する特殊な研究会が持たれた。ハリコフでの国際革命作家拡大プレナムの決議は日本のプロレタリア文学運動が、シッカリと大衆の中に根を張り、国際的な連関において前進して行くために、もっとも重要な、さしあたって第一番に議題として我々が討議し、具体化しなければならない幾多の貴重な提案をなしている。  プロレタリア文学運動は、ゼイタクな菓子を食う少数階級でなく、一切のパンにも事欠いて飢え、かつ、闘争している労働者農民大衆の中にシッカリとした基礎を置き、しかも国境にも、海にも山にも妨げられず、国際的に結びつき、発...
文学における今日の日本的なるもの
宮本百合子
 この間、『朝日新聞』であったか、『読売新聞』であったか、文芸欄に、座談会についてのモラルという文章があった。座談会の席上では勝手な熱をふいてかきまわしておきながら、記事になるときはすっかりそれを削ってしまうようなことがあったりしてはよろしくないという点を云っていた。座談会の常識としては、他にいくつかのことが考えられるであろうが、その一つとして、謂わば自分のうちの座敷へひとをよんでおいて、そこが自分のうちだというその場の気分的なものから妙に鼻ぱしをつよくして座談会の席上に嘲弄的、揶揄的口調を弄ぶようなことがあるとしたら、それも見っともないことの一つではないであろうか。 『文学界』(二月)の座談会は一種の印象を与えた。ある箇所で気分的...
地の塩文学の塩
宮本百合子
 文学批評の貧困ということがこの頃又人々の注意をよびさましている。貧困な今日の文学において、批評という一つの分野についてだけ云われることなのだろうか。批評精神というものはただ或る対象をとらえて、それを分析したり解剖したり、つまりふわけの仕事をして、これのからくりはこういうものである、ということを明かにする範囲がその本質ではないだろうと思う。批評精神の根本には、創造的な面がある。その創造的な思意に或る対象がふれて来るところから発する一つの客観的な押しすすめの精神作用が、批評の精神としてあらわれて来るのではなかろうか。小説と批評的な評論とは、ジャンルとしての違いがおのずから語っている形成の過程にこそ各々独自なものをもっているが、その根底...
わからないこと
宮本百合子
 時々考えると疑問になることがある。それは、男性の創る芸術的作品――文学でも美術でも――の中には、夥しく女性に対するアドレイションが表現されている。それだのに、女性の作品には、何故同じような男性に対するアドレイションが現されないのだろう、と云うことだ。  勿論女性に対する愛重といっても、現わされる形は多様で決して中世の騎士的崇拝、または宗教的霊化に限っていない。チェホフのような態度、モウパッサンの視野、ストリンドベルク、ゲエテ、イプセン、片仮名でない名で見出せば西鶴、近松、近く夏目漱石、皆、それぞれのテムペラメントに従って、女性を愛している。或る者は、幾分当惑げな寛大さと興味深げな観察眼を以て、或る者は、女性の盲目的な熱情、素晴らし...
もののいえないもの
小川未明
 敏ちゃんは、なんだかしんぱいそうな顔つきをして、だまっています。 「どうしたの?」と、姉さんがきいてもだまっています。 「おかしいわ。いつも元気なのに、けんかをしてきたんでしょう。」 「ばか。だれがけんかなんかするものか。」 「じゃ、どうしたの?」 「なんでもないのだよ。」  敏ちゃんは、あちらへいってしまいました。そしてまた、考えていたのです。それには原因があったのです。わけといって、ただお友だちの徳ちゃんが、今日川へ釣りにいって見てきたことを話しただけですが。 「今日、僕、釣りにいったら、一匹の大きなへびがいなごをのんでいるのを見たんだよ。へびって、にくらしいやつだね。だから、石をなげてやった。」 「そうしたら、どうしたい?」...
老狐の怪
田中貢太郎
 志玄という僧があったが、戒行の厳しい僧で、法衣も布以外の物は身に著けない。また旅行しても寺などに宿を借らないで、郭外の林の中に寝た。ある時縫州城の東十里の処へ往って墓場へ寝た。ところで、その晩は昼のような月夜で四辺がよく見えた。ふと見ると、木の下に一疋の狐がいて、それが人のするように、傍にある髑髏を頭の上に乗っけて首を振り、そして落ちた物はやめて、他の髑髏を取って乗っけたが、三四回目に落ちないのが乗っかった。すると狐は傍の草の葉をちぎって、それを体につけだしたが、見る見る若い美しい女になった。  その時馬の鳴声が聞えて、一人の男が馬に乗ってやってきた。それを見ると狐の女は、路の傍へ立って泣きだした。馬に乗っていた男は、女の泣いてい...
月夜のあとさき
津村信夫
「戸隠では、蕈と岩魚に手打蕎麦」私がこのように手帖に書きつけたのは、善光寺の町で知人からきかされたのによる。  岩魚は戸隠山中でもそう容易には口に這入らない。岩魚釣を専門にしている、さる農家の老人をひとり知っているが、その他に所謂素人で、ひそかに釣に出るような人もある。  一日歩いて骨折ってみても、まずこんなものですよと云って、石油の空缶をのぞかせて呉れたのは、山の写真屋の隠居であった。空缶のなかには膚の美しい岩魚が、僅か二疋だけ泳いでいるにすぎなかった。  水の綺麗なところを選ぶこの川魚は、いささか神秘に属するものかもしれない。  足の悪い老人は、今朝から牧場のあたりから川に沿ってきたのだと云って、額の汗をふいていた。 「土地の人...
短命長命
黒島伝治
 ある薄ら曇りの日、ぶらぶら隣村へ歩いた。その村に生田春月の詩碑がある。途中でふとその詩碑のところへ行ってみる気になって海岸の道路を左へそれ、細道を曲り村の墓地のある丘へあがって行った。  墓地の下の小高いところに海に面して詩碑が建っている。生田花世氏がここへ来て、あんたはよいところでお死にになったと夫の遺骸に対して云ったと、私が詩碑の傍に立って西の方へ遠く突き出ている新緑の岬や、福部島や、近海航路の汽船が通っている海に見入っていると、丘の畑へ軽子を背負ってあがって行く話ずきらしい女が云ってきかした。よいところというのは、たぶんこのあたりの風景のよさをさして云ったのだろう。  この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰...
物質とエネルギー
寺田寅彦
 物には必ず物理がある。ここにいわゆる物とは何ぞや、直接間接に人間五感の対象となって万人その存在を認めあるいは認め得べきものを指す。故に幽霊はここにいわゆる物ではない。夢中の宝玉も物ではない。物理学者は通例物質とエネルギーという二つの物を認める。物質の定義が困難である。教科書などには質量を有するものとも書いてあるがこれは言葉を換えたに過ぎない。質量という考えを明らかにするにはどうしても力という考えを固めなければ工合が悪い。力という言葉の起原はつまり人間の筋力の感覚から発達して来たものに相違ない。そうしてこの考えを押し拡げて吾人の身辺を囲繞するあらゆる変化を因果をもって律しようという了見から何かその変化の原因となるものを考えたいので、...
妖女の舞踏する踏切
田中貢太郎
 品川駅の近くに魔の踏切と云われている踏切がある。数年前、列車がその踏切にさしかかったところで、一方の闇から一人の青年がふらふらと線路の中へ入って来た。機関手は驚いて急停車してその青年を叱りつけた。 「前途のある青年が、何故そんなつまらんことをする」  すると、青年ははじめて夢から醒めたようになって、きょろきょろと四辺を見まわしながら云った。 「それが不思議ですよ、ここまで来ると、このあたり一面に美麗な花が咲いてて、何とも云えない良い匂がするのです、それにそこには姝な女がたくさんいて、それが何か唄いながら踊ってたのですが、それが私の方を見て、いっしょに踊らないかと云って招くものですから、ついその気になって、ふらふらと入ったのですよ」
恐竜艇の冒険
海野十三
   二少年  みなさん、ジミー君とサム君とを、ご紹介いたします。  この二少年が、夏休みに、熱帯多島海へあそびに行って、そこでやってのけたすばらしい冒険は、きっとみなさんの気にいることでしょう。  さあ、その話をジミー君にはじめてもらいましょう。  おっと、みなさん。お忘れなく、ハンカチをもって、こっちへ集まってきて下さい。なぜって、みなさんはこの話を聞いているうちに、手の中にあつい汗をにぎったり、背中にねっとりと冷汗をにじみ出させたりするでしょうからねえ。いや、まだあります。おへそが汗をかくこともあるのですよ。  では、ジミー君。どうぞ……。  熱帯多島海へ! 夏休みほど、退屈なものはない。  わが友サムは、そのことについて、...
皇海山紀行
木暮理太郎
 降りがちな天候は、十一月に入ってもからりと晴れた日は続かなかった。ことに土曜から日曜へかけてはよく降った。この意地悪い雨のために出鼻をくじかれて、出発はもう予定より三週間も遅れてしまった。これがもし紅葉見物を兼ねての旅であったならば、目的の一半は既に失われた訳であるが、皇海山に登ることが主眼であったから、秋の旅とはいえ、紅葉の方はどうでもよかったのである。ただ余り寒くなって山に雪が来ては困ると思った。  皇海山とは一体何処にある山か、名を聞くのも初めてであるという人が恐らく多いであろう。それもそのはずである。この山などは今更日本アルプスでもあるまいという旋毛まがりの連中が、二千米を超えた面白そうな山はないかと、蚤取眼で地図の上を物...
無法者
豊島与志雄
 志村圭介はもう五十歳になるが、頭に白髪は目立たず、顔色は艶やかで、そして楽しそうだった。十年前に妻を亡くしてから、再婚の話をすべて断り、独身生活を続けている。二人の子供の世話と家事の取締りは、遠縁に当る中年の女がやってくれるし、その下に二人の女中が働いているので、彼はいつも自由でのんびりしていた。  実業界に活躍していた亡父の余光で、彼は各方面に知人が多く、幾つかの会社に関係しており、暇な時間は読書に耽り、和歌を作り随筆めいたものをも書いた。著書が数冊あって、この方面では、一般文学者なみに「先生」と呼ばれていた。つまり、羽振りのいい紳士であり、幸福な文化人なのだ。酒色に金を浪費することは厭わないが、他人への単なる金銭的援助は拒否し...
蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ
河井寛次郎
 戦争も終りに近づいた頃でありました。東京も大阪も神戸も都市という都市が、大抵やっつけられてしまいまして、やがてはこの京都も、明日ともいわず同じ運命を待つ外ない時でありました。  私は毎日のように夕方になるとこの町に最後の別れをするために、清水辺りから阿弥陀ヶ峰へかけての東山の高見へ上っていました。  その日もまた、警報がひんぱんに鳴っていた日でありました。私は新日吉神社の近くの木立の下のいつも腰掛ける切株に腰掛けて、暮れて行く町を見ていました。明日は再び見る事の出来ないかも知れないこの町を、言いようもない気持で見ていました。  その時でありました。私は突然一つの思いに打たれたのでありました。なあんだ、なあんだ、何という事なんだ。こ...
堹恊記
芥川竜之介
     阿媽港甚内の話  わたしは甚内と云うものです。苗字は――さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内と云っているようです。阿媽港甚内、――あなたもこの名は知っていますか? いや、驚くには及びません。わたしはあなたの知っている通り、評判の高い盗人です。しかし今夜参ったのは、盗みにはいったのではありません。どうかそれだけは安心して下さい。  あなたは日本にいる伴天連の中でも、道徳の高い人だと聞いています。して見れば盗人と名のついたものと、しばらくでも一しょにいると云う事は、愉快ではないかも知れません。が、わたしも思いのほか、盗みばかりしてもいないのです。いつぞや聚楽の御殿へ召された呂宋助左衛門の手代の一人も、確か甚内と名乗っていま...
あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)
宮本百合子
「古き小画」の新聞切抜きが見つかって、この集に入れられたのは思いがけないことだった。この、ペルシャの伝説から取材した小説は一九二三年の夏じゅうかかって執筆され、書き上ってから北海道の新聞にのせられた。スカンジナヴィア文学の専攻家でブランデスやハムスンを日本に紹介した宮原晃一郎氏が、故郷である北海道の新聞へ何か作品をということで書き出したものだった。このたび思いがけなく新聞切抜きを発見することができたのも、宮原氏の未亡人の協力によった。  新聞に連載した小説ではあるが、「古き小画」はまるで新聞小説ではない。古代ペルシアの英雄ルスタムとその息子との悲劇の、謂わば古風なものがたりであり、文体もそういう古風な絵の趣を保とうとされている。そし...
大利根の大物釣
石井研堂
 数日前、船頭の許に、船を用意せしめおきしが、恰も天気好かりければ、大生担、餌入れ岡持など提げ、日暮里停車場より出て立つ。時は、八月の二十八日午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。  前回の出遊には、天気思わしからず、餌も、糸女のみなりしに、尚二本を獲たりし。今日の空模様は、前遊に比べて、好くとも悪しき方には非ず。殊に袋餌の用意有り、好結果必ず疑い無し。料理界にてこそ、鯉は川魚中の王なれ、懸りて後ちの力は鱸の比に非ず。其の姿よりして軽快に、躍力強健に、綸に狂ひ、波を打ち、一進一退、牽けども痿えず、縦てども弛まず、釣客をして、危懼しながらも、ぞくぞく狂喜せしむるものは只鱸のみにて、釣界中、川魚の王は、これを除きてまた他に求むべからず、...
群集
豊島与志雄
 大正七年八月十六日夜――  私は神保町から須田町の方へ歩いて行った。両側の商店はもう殆んど凡てが戸を締めていた。大きな硝子戸や硝子窓の前には蓆を垂らしてる家が多かった、間には板を縦横に打ちつけてる家もあった。街路が妙に薄暗かった。黙々とした人影が皆須田町の方へ流れていた。「今夜は須田町から小川町をぬけて神保町の方へ来るそうだ、」と誰が云ったとも分らない言葉が私の耳に響いた。電車がぬるい速力で走っていた。  然し街路は静まり返っていた。一向「来そう」に思えなかった。  須田町の四辻には黒山のような群集が屯していた。僅かに電車の通れるだけの空地を残して、黙った人影が街路に溢れていた。その上、電車の数も非常に少なかった。  広瀬中佐の銅...
高い木とからす
小川未明
 林の中に、一本、とりわけ高いすぎの木がありました。秋が近づくと、いろいろの渡り鳥が飛んできて、その木のいただきへとまりました。群れをなしてくるものもあれば、なかには、つれもなく、一羽だけのものもありました。  村の子供たちは、そのさえずる声を聞いて、自由に、大空を飛んでいける鳥の身の上をうらやんだのであります。 「あの木に、もちぼうをつけておけば、鳥がとれるね。」 「とっても、飼い方を知らなければ、しかたがないじゃないか。」  友だちが、こんな話をしていると、重ちゃんが、そばから、 「どんな鳥も、すり餌をやれば、いつくんだよ。」といいました。  しかし、その木のいただきまで上れるものは、重ちゃんくらいのもので、ほかの子には、目がま...
男女川と羽左衛門
太厰沝
 横綱、男女川が、私の家の近くに住んでいる。すなわち、共に府下三鷹町下連雀の住人なのである。私は角力に関しては少しも知るところが無いのだけれど、それでも横綱、男女川に就いては、時折ひとから噂を聞くのである。噂に拠れば、男女川はその身長に就いての質問を何よりも恐れるそうである。そうして自分の実際の身長よりも二寸くらい低く言うそうである。つまり、大男の自分を憎悪しているのである。自己嫌悪、含羞、閉口しているのであろう。必ずや神経のデリケエトな人にちがいない。自転車に乗って三鷹の駅前の酒屋へ用達しに来て、酒屋のおかみさんに叱られてまごついている事もある。やはり、自転車に乗って三鷹郵便局にやって来て、窓口を間違ったり等して顔から汗をだらだら...
きつねをおがんだ人たち
小川未明
 村に、おいなりさまの小さい社がありました。まずこの話からしなければなりません。  昔、一人の武士が、殿さまのお使いで、旅へ出かけました。思いのほか日数がかかり、用がすんで、帰途につきましたが、いいつけられた日までに、もどれそうもありませんでした。そのうち、あいにく雪がふりだしました。北国の冬の天気ほど、あてにならぬものはありません。たちまち雪はつもって、道をふさぎました。  ある日の晩がた、ようやく武士は湖水のあるところまで、たどりつきました。おりから雪はやんで、西の山のはしが、明るく黄色にそまり、明日は天気がよさそうです。そして、行く手の村々は、白々とした雪の広野の中に、黒くかすんで見えました。 「ああ、この湖水がわたれるなら、...
新郎
太厰沝
 一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。舟を浮べたいくらい綺麗だ。山茶花の花びらは、桜貝。音たてて散っている。こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。何もかも、なつかしいのだ。煙草一本吸うのにも、泣いてみたいくらいの感謝の念で吸っている。まさか、本当には泣かない。思わず微笑しているという程の意味である。  家の者達にも、めっきり優しくなっている。隣室で子供が泣いても、知らぬ振りをしていたものだが、このごろは、立って隣室へ行き不器用に抱き上げて軽くゆすぶったりなどする事...
Resignation ぎ誏
森鴎外
 現代の思想とか、新しい作者の発表している思想とか云うものについて話せというのですか。それは私の立場として頗る迷惑です。  もし私が現に批評壇に立っている諸君と同一な思想を持っていたなら、別にそれを発表する必要がないわけでしょう。もし変った思想を持っていたなら、それを発表した結果がどうなるでしょうか。  それについては多少の経験を持っています。ついどうかした機会に何か言うことがある。そしてその都度不愉快極まる反響を聞くのです。  昨今は私が何か云うと、愚痴とか厭味とか云ってからかわれることになっている。それだけで何の効果もない。何の役にも立たない。人に利益は与えずに、自分が不愉快な目に逢うのみです。そんなことは私だってしたくはないの...
自転車嬢の危難
ドイルアーサー・コナン
 一八九四年から一九〇一年までの八年間は、シャーロック・ホームズは、とても多忙な身であった。  この八年間に、公の事件で重大なものは、一つとしてホームズのところに、持って来られなかったものはなかったし、またその外に私的の事件で扱ったものは、無数で、その中でも、実に錯綜した難問題で、颯爽たる役目をやったものもたくさんあった。この雑多の仕事の中では、もちろんその大部分は、赫々たる成功を収めているのであったが、しかしまたその二三のものでは、全く避けがたい、不可能な失敗に終ったものもあった。こうして無数の興味ある事件の記録を、私は山積するほどたくわえてあるし、またその中の大部分には、私自身も関与しているので、まずどれから読者諸君の前に提供し...
文放古
芥川竜之介
 これは日比谷公園のベンチの下に落ちていた西洋紙に何枚かの文放古である。わたしはこの文放古を拾った時、わたし自身のポケットから落ちたものとばかり思っていた。が、後に出して見ると、誰か若い女へよこした、やはり誰か若い女の手紙だったことを発見した。わたしのこう云う文放古に好奇心を感じたのは勿論である。のみならず偶然目についた箇所は余人は知らずわたし自身には見逃しのならぬ一行だった。―― 「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ。」!  わたしはある批評家の云ったように、わたしの「作家的完成を棒にふるほど懐疑的」である。就中わたし自身の愚には誰よりも一層懐疑的である。「芥川龍之介と来た日には大莫迦だわ!」何と云うお転婆らしい放言であろう。わたし...
中村仲蔵
山中貞雄
中村仲蔵(未映画化) ―――――――――― 原作並脚色 山中貞雄  =(F・I)道  鏝不付の半次が徳利持って一散に走って居る。  (移動)  (ヘッド・タイトルを道の移動にダブらしたらどうかと思います) (速やかにF・O)  =(F・I)松平帯刀の邸  一人の旗本、斬られてダダーとのけ反った。  入れ替りに一人がサッと斬り込む。  斬り込んで来た奴を横薙ぎにして左刄高く振り上げた此村大吉、大見得切った形。  殺陣開始――  遂に大吉、帯刀を斬り倒す。  其処へ半次が漸く駈け付けて来た。「ようよう死んでるぞ、死んでるぞ」と数多い死体を見て大喜び。  大吉、ホッと一息付いた所へ半次も来て「旦那、酒だ!」と大吉に酒を渡し、...
午市
宮本百合子
 おせいの坐っている左手に、三尺程の高窓が、広く往来に向いて開いていた。そこから、折々、まるで川風のようにしめりを含んだ涼しい風が、流れて来る。 「まあ、いい風」  彼女は、首をめぐらして、軒端に近く、房々と葉を垂れている大きな柳を眺めながら、いずまいをなおして、ぱたぱた団扇を動した。  狭い六畳の座敷には、暑苦しい電燈の光がいっぱいに漲っている。火のない長火鉢の傍の食卓には、食べちらした鮓の大皿や小皿が二三の盃とともにのっている。柱よりにくつろいで坐ったおせいの前にも、夫やこの家の主人の前にあると同様な、九谷焼の小盃が置かれていた。八分めにつがれた酒の色は、黒っぽい猪口のなかで、微に灯をてりかえす。――長い間、手もつけられずにあっ...
可愛い山
石川欣一
山へ入る日・山を出る日  山へ入る日の朝は、あわただしいものである。  いくら前から準備していても、前の晩にルックサックを詰めて置いても、いざ出発となると、きっと何か忘れ物があったのに気がつく。忘れ物ではなくとも、数の足りぬ物があるような気がしたりする。すっかり足ごしらえをした案内や人夫が、自転車で走り廻る有様はちょっと面白い。  それもまア、どうにかこうにか片づいて、いよいよ歩き出す。たいていの場合、町なり村なりを離れると、林の中か野原を横切って行くのだが、二、三時間も歩くと、くたびれて了う。一つには身体の鍛練が出来ていないからで、二つには暑いからである。草のいきれ程うれしからぬ物はない。  時々馬にあう。林の中の路を、荷をつ...
立待岬にいたりて
今野大力
露西亜の船の沈んだ片身に残したと聞く石を抱いて われは又ある日のざんげをするか 函館山は高く 要塞地として秘密を冠る おごそかな 壮大なる岩礁の牢たる屹立は 東方に面して 何をひそかに語りつつあるか 黒鳥のあまた 岩に群がり 波に浮び 魚を捕う かつてここら立待岬のアイヌ達は 魚群の来るを銛を携えて立ち待てりと伝う 東海の波濤のすさまじく寄せ打つ処 崖上の草地にマントを着たる四五人の少女等 寝そべりてハーモニカを吹き、微かに歌をうたう 蟹とたわむれ 充たし得ぬ薄幸詩人の最后の願いは この函館の地に死ぬことを願いしと碑銘に物語る その碑は今この岬へ行く山腹の途辺にあり 我をしも死地の願いを言わば この地に久遠のあこがれを抱くであろう
犬にされたカスペルの話しかけ
佐藤武夫
あいつらにいぬにされた俺は 俺達で 四つん這いにまで あいつらを叩きのめそう ゆううつの中に立てる現場を畳み込んで 勇敢の中に立てる職場に置きかえよう 新らしき住居は「四方隠し」より「動き」へ 「だんまり」より「話しかけ」に流れる 駅より駅へ 列車より納戸へ 汽船より台所へ 事務所より劇場へ 憤りにふるえる方向と 組織された健康にあふれて グレーチェを含めた十二人の同志が カスペルを含めた八人の人形を抱えて 考え深く通り過ぎる がさつに抱え込む腕に 辻々に話しかけるポスターの呼びかけと 舞台の代りに流しを守るかよわい親しさを  歩み続けた正しい跫音の重みを  ほこらかな力付けを 俺達人形は――知っているのだ 函館桟橋より歩み出...
灯明之巻
泉鏡花
       一 「やあ、やまかがしや蝮が居るぞう、あっけえやつだ、気をつけさっせえ。」 「ええ。」  何と、足許の草へ鎌首が出たように、立すくみになったのは、薩摩絣の単衣、藍鼠無地の絽の羽織で、身軽に出立った、都会かららしい、旅の客。――近頃は、東京でも地方でも、まだ時季が早いのに、慌てもののせいか、それとも値段が安いためか、道中の晴の麦稈帽。これが真新しいので、ざっと、年よりは少く見える、そのかわりどことなく人体に貫目のないのが、吃驚した息もつかず、声を継いで、 「驚いたなあ、蝮は弱ったなあ。」  と帽子の鍔を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向けに崖の上を仰いで、いま野良声を放った、崖縁にのそりと突立...
坑鬼
大阪圭吉
          一  室生岬の尖端、荒れ果てた灰色の山の中に、かなり前から稼行を続けていた中越炭礦会社の滝口坑は、ここ二、三年来めきめき活況を見せて、五百尺の地底に繰り拡ろげられた黒い触手の先端は、もう海の底半哩の沖にまで達していた。埋蔵量六百万噸――会社の事業の大半はこの炭坑一本に賭けられて、人も機械も一緒くたに緊張の中に叩ッ込まれ、きびしい仮借のない活動が夜ひるなしに続けられていた。しかし、海の底の炭坑は、いかなる危険に先んじて一歩地獄に近かった。事業が繁栄すればする程地底の空虚は拡大し、危険率は無類の確実さを以って高まりつつあった。人々は地獄を隔てたその薄い命の地殻を一枚二枚と剥がして行った。  こうした殆んど狂気に近い...
松井須磨子
長谷川時雨
       一  大正八年一月五日の黄昏時に私は郊外の家から牛込の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た、しきりに生の刺とか悲哀の感興とでもいう思いがみちていた。まだ燈火もつけずに、牛込では、陋居の主人をかこんでお仲間の少壮文人たちが三五人談話の最中で、私がまだ座につかないうちにたれかが、 「須磨子が死にました」 と夕刊を差出した。私はあやうく倒れるところであった。壁ぎわであったので支えることが出来た。それに何よりもよかったのは夕暗が室のなかにはびこっていたので、誰にも私の顔の色の動いたのは知れなかった。死ねるものは幸福だと思っていたま...
茪鳼子鳼
佐々木邦
一家団欒  お父さんが社から帰って来て、一同晩餐の食卓を囲む時、その日起った特別の事件が話題に上る。 「今日は里の母が見えて、私、上等の浴衣地を戴きましたよ」  なぞというのはお母さんの書き入れ事件である。それに対してお父さんは、 「ふうむ、それは宜かったね。彼方でも皆丈夫だろうね?」  と応じる。続いて里の話になって、 「私、その中に一日行かせて戴きますわ」 「何処へ?」 「里へですよ」 「この間行ったばかりじゃないか?」 「いいえ、あれはお正月でございますよ」 「然うだったかね。それじゃ行くさ」  というようなことに帰着する。  自分に関係のない問題は何うでも構わないが、 「あなた、今日は源太郎が学校のお友達と活動へ行く約束を...
六三制を活かす道
中谷宇吉郎
一 六三制の十年  そろそろ新学期を迎える頃になると、毎年思い出したように、教育問題が、日々の新聞紙面に、華々しく登場してくる。入学試験が眼前に迫ってくると、受験生徒をもっている家庭では、親も子もなく、一家を挙げての最大の関心は、「教育問題」に向けられる。  しかし教育の問題は、今更述べ立てるまでもなく、国家百年の大計であって、年に一回の入試時期だけの問題ではない。敗戦後の日本は、新憲法の制定、財閥の解体、農地法の実施など、幾多の革命的な変革を強行したが、これらの大変革にも劣らぬものが、六三制という新学制の採用であった。  学制の改革くらいは、それほどの重大事ではあるまいと思われるかもしれないが、実際は、あの学制改革は、ほとんど不...
蘆刈
谷崎潤一郎
君なくてあしかりけりと思ふにも    いとゞ難波のうらはすみうき  まだおかもとに住んでいたじぶんのあるとしの九月のことであった。あまり天気のいい日だったので、ゆうこく、といっても三時すこし過ぎたころからふとおもいたってそこらを歩いて来たくなった。遠はしりをするには時間がおそいし近いところはたいがい知ってしまったしどこぞ二、三時間で行ってこられる恰好な散策地でわれもひともちょっと考えつかないようなわすれられた場所はないものかとしあんしたすえにいつからかいちど水無瀬の宮へ行ってみようと思いながらついおりがなくてすごしていたことにこころづいた。その水無瀬の宮というのは『増かがみ』の「おどろのした」に、「鳥羽殿白河殿なども修理せさせ給...
微妙な人間的交錯
宮本百合子
 今日の雑誌ジャーナリズムは、大ざっぱにだけ眺めわたすと満目悉く所謂事変ものの氾濫である。すべての雑誌の表紙は刺戟的なグラビア版で赤や黒のフラッシュのついた文字で彩られているようなのであるけれども、そうかといって単純にキングと文芸春秋とは全く等しい傾向をもって、戦時特輯をしているかと云えば、そうでないことは自明である。  ここに極めて複雑である今日の雑誌ジャーナリズムの感覚とひいてはジャーナリストそのものが現代に処する文化的相貌の複雑さが反映していると思う。日本の文化、民衆の道は難航である。それがそっくりジャーナリズムに現れている。  明治の初頭、ジャーナリストたらんとした人々、或はジャーナリズムに関係しようとした人々は、当時の日本...
幻化
梅崎春生
同行者  五郎は背を伸ばして、下界を見た。やはり灰白色の雲海だけである。雲の層に厚薄があるらしく、時々それがちぎれて、納豆の糸を引いたような切れ目から、丘や雑木林や畠や人家などが見える。しかしすぐ雲が来て、見えなくなる。機の高度は、五百米くらいだろう。見おろした農家の大ささから推定出来る。  五郎は視線を右のエンジンに移した。 〈まだ這っているな〉  と思う。  それが這っているのを見つけたのは、大分空港を発って、やがてであった。豆粒のような楕円形のものが、エンジンから翼の方に、すこしずつ動いていた。眺めているとパッと見えなくなり、またすこし離れたところに同じ形のものがあらわれ、じりじりと動き出す。さっきのと同じ虫(?)なのか、別...
スポーツの科学
中谷宇吉郎
 大分昔の話であるが、冬彦先生がある新聞に「角力の力学」というものを書かれたことがあるそうである。それは、漱石先生が未だ有名になりかけられた頃の話であるが、これらがまずスポーツ物理学の先駆であろう。  大体スポーツ物理学というようなものが成り立つかどうかが問題であるが、この頃のようにスポーツ全盛で科学尊重の世の中では、この二つの言葉を単につなぎ合せただけでも、相当のジャーナリスチックな価値が出るらしいのである。物理学という言葉の本来の意味は「物の理」を考える学問であって、そのような意味からいえば、松沢一鶴氏がオリムピックの前に水泳選手を訓練された時の詳しい記録が残されていたら、そのようなものこそ本当のスポーツ物理学であるのではないか...
お月さまと ぞう
小川未明
 正ちゃんと よし子さんが、ごもんの ところへ たらいを だして、水を いれると、まんまるな 月の かおが うつって、にこにこと わらいました。 「さあ、わたしを よく みて ください。」 と、月が いいました。 「大きな お月さまね。」 と、よし子さんが よろこびました。 「あの くろいのが うさぎかしらん。」 と、正ちゃんが あたまを かしげました。 「ほんとうの うさぎ?」 と、よし子さんが ききました。 「ああ、ぼうえんきょうが あると、よく わかるのだよ。」  正ちゃんは あおむいて、お月さまを ながめました。 「わたし、くびが いたく なるから、おたらいのを みましょうよ。」  この とき、あちらが がやがやしました。 ...
恐竜島
海野十三
   ふしぎな運命  人間は、それぞれに宿命というものをせおっている。つまり、生まれてから死ぬまでのあいだに、その人間はどれどれの事件にぶつかるか、それがちゃんと、はじめからきまっているのだ。  運命はふしぎだ。  その運命のために、われわれは、思いがけないことにぶつかる。夢にも思わなかった目にあう。そしてたいへんおどろく。  自分の宿命を、すっかり見通している人間なんて、まずないであろう。それが分っていれば、おどろくこともないわけだ。  宿命が分らないから、われわれは死ぬまでに、たびたびおどろかされる。そしてそのたびに、自分の上におちて来た運命のふしぎさに、ため息する。  わが玉太郎少年が、恐竜島に足跡をつけるようなことになっ...
一人二役
江戸川乱歩
 人間、退屈すると、何を始めるか知れたものではないね。  僕の知人にTという男があった。型の如く無職の遊民だ。大して金がある訳ではないが、まず食うには困らない。ピアノと、蓄音器と、ダンスと、芝居と、活動写真と、そして遊里の巷、その辺をグルグル廻って暮している様な男だった。  ところで、不幸なことに、この男、細君があった。そうした種類の人間に、宿の妻という奴は、いや笑いごとじゃない。正に不幸といッつべきだよ。いや、まったく。  別に嫌っていたという程ではないが、といって、無論女房丈けで満足しているTではない。あちらこちら、箸まめにあさり歩く。いうまでもなく、女房は焼くね。それが又、Tには一寸捨て難い、おつな楽みでもあったのだ。一体Tの...
化鳥
泉鏡花
       一  愉快いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ出て遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨の降るなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行くのは猪だ。  菅笠を目深に被って、※(さんずい+散)に濡れまいと思って向風に俯向いてるから顔も見えない、着ている蓑の裙が引摺って長いから、脚も見えないで歩行いて行く、脊の高さは五尺ばかりあろうかな、猪、としては大なものよ、大方猪ン中の王様があんな三角形の冠を被て、市へ出て来て、そして、私の母様の橋の上を通るのであろう。  トこう思って見ていると愉快い、愉快い、愉快い。  寒い日の朝、雨の降ってる時、私の小さな時分、何日でしたっけ、窓から顔を出して見ていました。 「母様、愉...
ヴァリエテ
宮本百合子
 佳一は、久しぶりで大岡を訪ねた。  不在で、細君が玄関へ出て来た。四五日前からシネマの用事で京都へ行っているということであった。 「そうですか、じゃまた上ります。おかえりになったらよろしく」  再び帽子をかぶりそこを出たが、佳一は、そろそろ貸ボートなど浮かび初めた牛込見付の初夏景色を見下したまま佇んだ。  大岡は、ああいっていたって、本当に京都へ行ったのかどうか解りはしなかった。彼の彫刻のモデルになったお美濃さんという若い娘が、近頃恋人になった話は、佳一も聞いていた。大岡は、これまでもそういう種類のすきな女が出来ると、十日でも二十日でも、互があきるまで家をおっぽり出して、どこかへ引籠って暮す性の男なのであった。  佳一は苦笑と羨望...
姉川合戦
菊池寛
       原因  元亀元年六月二十八日、織田信長が徳川家康の助力を得て、江北姉川に於て越前の朝倉義景、江北の浅井長政の連合軍を撃破した。これが、姉川の合戦である。  この合戦、浅井及び織田にては、野村合戦と云う。朝倉にては三田村合戦と云う。徳川にては姉川合戦と云う。後に徳川が、天下を取ったのだから、結局名前も姉川合戦になったわけだ。  元来、織田家と朝倉家とは仲がわるい。両家とも欺波家の家老である。応仁の乱の時、斯波家も両方に分れたとき、朝倉は宗家の義廉に叛いた治郎大輔義敏にくっついた。そして謀計を廻らして義敏から越前の守護職をゆずらせ、越前の国主になった。織田家は宗家の義廉に仕えて、信長の時まで、とにかく形式だけでも斯波の家...